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声道の大きさ
声道(のどから口までの空間)は、話すように声を出したときより、クラシック寄りの歌い方をしたときのほうが広くなっていました。
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声道の大きさとは、声が共鳴する空間である声道(のどから口までの空間)の広さのことです。喉頭(のどぼとけの中にある、声帯が収まっている器官)がどのくらいの高さにあるか、のどの奥がどのくらい広がっているかで変わります。同じ人であっても、話すときと歌うときで違うことが報告されています。
話すように声を出したときより、クラシック寄りの歌い方をしたときのほうが喉頭が下がり、のどの奥が広がると報告されている
声楽を学ぶ男子学生13名をMRIで撮影した研究では、クラシック寄りの歌い方をしたときの喉頭の位置が、同じ音を話すように出したときより平均でおよそ8mm下がっていました(Mainka ほか, 2015)。
ただし、この13名のうち1名は喉頭が下がらず、反対に平均で12mm上げていました。
この研究では、のどの奥の断面積が21.9%、容積が16.8%大きくなったことも報告されています。少なくともこの13名では、声が共鳴する空間そのものが実際に大きくなっていたという測定結果でした。
この研究はさらに、のどの奥の広がりが大きかった人ほど、声の高い方の成分の増え方も大きい傾向があったと述べています。
対象となったのは、19〜21歳のクラシックの声楽を学ぶ男子学生13名です。課題は曲を歌うことではありません。5つの母音をA3(220Hz)の高さで中くらいの音量に保ったまま、話すような発声と、クラシック寄りの歌い方をした発声の2通りで出すというものでした。女性やポピュラー音楽の歌手に同じことが起きるかどうかは、この研究からは分かりません。また、これはクラシック寄りの歌い方をしている最中に観察されたことであって、練習の効果を報告したものではない点にも注意が必要です。
明るく歌うときはくちびるが開き、暗く歌うときは喉頭が下がると報告されている
同じ歌手が明るい音色と暗い音色を歌い分けたとき、声道のどこが動いたかも、どの帯域が強められるかも違っていたと報告されています(Takahashi ほか, 2026)。
声道には、特定の高さの帯域を強める働きがあります。どの帯域が強まるかを決めているのは、声道の形です。この強められている帯域がフォルマントです。低い方から順に第1・第2……と数えます。
研究の世界では、声のこうした明暗に「bright timbre(明るい音色)」「dark timbre(暗い音色)」という呼び名があります。別々の研究チームが測定の対象にしてきました(Takahashi ほか, 2026; Lynn ほか, 2021)。
Takahashi ほか(2026)の研究は、リアルタイムMRIで歌っている最中の声道の形を撮影したものです。あわせて声の成分と、専門家5名(プロのオペラ歌手3名と、伴奏の経験がある2名)による5段階の明るさの評定を取っています。プロの歌手2名では、明るく歌おうとしたときにくちびるが開き、第2・第3フォルマントの位置が上がりました。暗く歌おうとしたときには、喉頭が下がってのどの奥が広がり、第1・第3フォルマントの位置が下がっています。
課題には、ふつうに歌う・明るく歌う・暗く歌うという3つの条件があり、それぞれを低い音と高い音の2つで歌いました。声道の動かし方と声の成分の違いは低い音の方で大きく、高い音では小さくなりました。論文は、高い音では喉頭を低く保ちのどの奥を広げるオペラの技法のために、その部分で表現の幅が減るのではないかと述べています。
一方、声楽の訓練を受けていない参加者1名では、声道の形も声の成分も、聞き手による明るさの評定も、3つの条件のあいだでほとんど変わりませんでした。
参加者は3名です(プロのバスバリトン1名、プロのテノール1名、声楽の訓練を受けていない男子大学生1名)。論文自身が、3名しか含んでいないことを限界として書いています。歌ったのはオペラの歌い方で、母音「あ」を2つの高さで歌う課題でした。
Lynn ほか(2021)の研究も、リアルタイムMRIで歌っている最中の声道の形を撮影したものです。対象はクラシックの訓練を受けたソプラノ4名です。課題には、ふつうに歌う・明るく歌う・暗く歌うという3つの条件があり、4名全員が同じオペラの曲を歌いました。
4名とも、暗く歌ったときに第1・第2フォルマントの位置が下がりました。ただし4名全員に共通していた声道の動きは、くちびるを狭めることだけでした。のどの奥は、4名のうち2名がむしろ狭めており、残る2名でははっきりした違いは出ていません。論文自身も、暗い音色はのどの奥を広げることで作られるという従来の説明とは食い違う結果だと述べています。
明るいときにくちびるが開き、暗いときに狭まるという向きについては、2つの研究チームの結果がそろっています。
大きい声で歌うときにも、喉頭が下がりのどの奥が広がると報告されている
プロのオペラ歌手12名を調べた研究では、大きい声で歌うときほど、のどの奥が広がり喉頭の位置が下がっていました(Echternach ほか, 2016)。
弱く歌う・中くらいの強さで歌う・強く歌うという3つの条件で、動いている声道の形をMRIで比べた研究です。音量が上がるにつれて、くちびるの開き、のどの奥の広さ、あごの開きが増え、喉頭の位置は下がりました。くちびるの開きとのどの奥の広さについては、音の高さよりも声の大きさとの結びつきの方が強かったと報告されています。
つまり、2つの声を聞き比べて片方が豊かに響いて聞こえても、それが声道の形から来ているのか単に片方が大きい声だったからなのかは、聞いただけでは分けられません。比べるときは、まず声の大きさをそろえる必要があります。
体の大きさとフォルマントの結びつきは弱いと報告されている
声道の長さは生まれ持った体格だけで決まっているわけではなく、身長との結びつきは強くないと報告されています(Pisanski ほか, 2016)。
カナダ・キューバ・ポーランドの167名を対象にした実験です。自分の体を大きく見せようとして声を出すとき、人は声道を長くし、声の高さを下げました。小さく見せようとするときには逆に、声道を短くして声の高さを上げています。
声道の長さは、声のフォルマントの位置から推定されます。この研究では、ふだんの声から推定した声道の長さと身長を比べました。背の高い人ほど声道が長い傾向はありましたが、その結びつきは弱いものでした。声道の長さの違いのうち、身長の違いと結びついていたのは男性で12%、女性で16%です。残りの8割以上は、身長では説明がつきません。
ただしこれは話し声を対象にした実験であって、歌声を調べたものではありません。
日本人歌手と英語圏の歌手を比べた研究は見つからず、その理由を研究者自身が書いている
日本人の歌手と英語圏の歌手の歌声を実際に測って比べた研究は、探した範囲では見つかりませんでした。そして、なぜ見つからないのかについては、日本の研究者自身が書いているものがあります。
1つめは、比べるための材料をそろえること自体の難しさです。日本の伝統的な歌唱と西洋のクラシック歌唱を比べる研究では、同じ歌手が両方のジャンルで歌った録音が最も必要とされます。ただし、両方をプロの水準で歌える歌手を見つけることはほとんど不可能だと書かれています(Nakayama, Yanagida, 2008)。この論文は、最高クラスの歌い手78名が31のジャンルで共通の歌詞を歌ったデータベースを紹介したものです。
ここで書かれているのは日本の伝統的な歌唱と西洋のクラシック歌唱を比べる場合の事情であって、ポピュラー音楽の歌手どうしを比べる研究について述べたものではありません。
2つめは、市販の音源から歌声だけを取り出すことの難しさです。J-POPの歌い方を分析した研究(山本ほか, 2023)は、商業音楽そのものを分析の対象にしていません。商業音楽は伴奏つきの歌唱であり、音源分離をかけたあともボーカルエフェクト由来のノイズやバックコーラスが残るため、音響特徴の分析が難しい場合があると述べています。代わりに使われたのは、J-POPのプロ歌手24名の歌い方を、別のプロ歌手14名が学術目的で模倣した歌声です。原曲の歌手1人につき2名が別々に真似ており、集められた歌声は全部で48になります。
3つめは、まだ行われていないということです。J-POPのソロ歌手42名の168曲について歌唱テクニックを分析した研究(Yamamoto ほか, 2022)は、K-POPや西洋のポップスなど他のジャンルとの比較を、今後の興味深い課題として挙げています。
一方で、言語をまたいで歌声を比べた研究そのものは存在します。英語・ヒンディー語・ペルシア語の話者が各6名ずつ参加し、同じ人が同じ歌詞を読む場合と歌う場合を比べた研究です(Hansen ほか, 2020)。参加者は20〜35歳で、全員が声楽やボイストレーニングを受けたことのない人でした。
ここで言語による差が出たのは声の高さで、ヒンディー語の話者が歌でも話し声でもいちばん高く、英語の話者がいちばん低いという結果です。著者はその理由を、ヒンディー語の曲は英語やペルシア語の曲より高い音で歌われることが多いためだろうと述べています。声の作りの違いではなく、歌われる曲の方の違いに理由を求めていることになります。
なお、この記事で紹介した声道の大きさについての研究が対象にしているのは、クラシックの声楽を学ぶ人やオペラ歌手です。そこから「英語圏のポップス歌手はこう歌っている」を導くことはできません。
高い音でも声が明るく強く聞こえる仕組みは、声道の大きさとは別に報告されている
高い音でも声が明るく強く聞こえる仕組みとしては、第1フォルマントの山(周りより音が強く出ている部分)の位置を第2倍音に合わせるやり方が、女性のミュージカル歌手6名を調べた研究で報告されています(Bourne, Garnier, 2012)。
人の声は、倍音と呼ばれる、いろいろな高さの音が重なってできた音です。いちばん低い音を第1倍音として、その2倍・3倍……の高さの音を第2倍音・第3倍音……と数えます。
この研究では、クラシック寄りの歌い方をしたときには、山はもっと低いところにとどまっていました。この合わせ方が見られたのは、C5までの高さです。
これは声道を大きくすることとは別の仕組みで、図を使った説明はベルティングに置いています。
HASSEI METERの3指標は、声道の大きさそのものを測っていない
HASSEI METER が測る3つの指標は、いずれも声道の大きさそのものを表す数字ではありません。
- 抜け(SPR):声の低い方の成分と高い方の成分の落差
- 芯(PEAK):声の高い方の成分にできる山の鋭さ(決まった範囲のいちばん強いところが、その左右の範囲からどれだけ突き出ているか)
- クリア(CPPS):声に含まれる倍音が、息などの雑音に埋もれずにどれだけはっきり出ているか
どれも、フォルマントがどこにあるかとは別のものを測っています。
抜けは落差なので、低い方の成分だけが強くなれば、高い方が変わらなくても数字は下がります。ただし、低い方と高い方のどちらかしか強くならないという関係ではありません。この記事の最初に挙げた研究(Mainka ほか, 2015)では、のどの奥の広がりが大きかった人ほど、声の高い方の成分の増え方も大きい傾向があったと報告されています。
抜けが下がる側が悪い、とも言えません。バス・バリトンの歌手8名が、合唱の歌い方とソロの歌い方の2通りで歌った研究があります(Rossing ほか, 1986)。ソロで歌うときにはシンギング・フォルマントのパワーが大きく、合唱で歌うときにはいちばん低い成分(基音)のパワーが大きかったという結果でした。同じ8名で、歌い方によって逆の向きの結果が出ていたことになります。
この研究が比べたのは合唱とソロという歌い方の違いであって、言語やジャンルの違いではありません。
HASSEI METER の判定は、抜け(SPR)・芯(PEAK)・クリア(CPPS)の3つがそろって基準に届いているかどうかで決まります。抜けだけを大きくすることを目標にする設計にはなっていません。
次に読むもの
- シンギング・フォルマント — 声の高い方の成分に現れる山が、具体的にどの高さにできるのかを知る
- ベルティング — 第1フォルマントの山を第2倍音に合わせると声がどう変わるのかを、図で知る
- のどの筋肉 — 喉頭の高さやのどの奥の広さを変える筋肉は分かっていても、声にどう出るかは周りの筋肉しだいで変わると、計算で示されていることを知る
- 倍音 — 倍音そのものの位置は声道の形を変えても動かず、決めているのは声の高さだけだと知る
- ストロー発声 — 声帯に強い負担をかけずに声を出す練習をする
- 抜け(SPR) — この数字が、どんな声を調べて提案されたものなのかを知る
references / 出典
- Mainka, A., Poznyakovskiy, A., Platzek, I., Fleischer, M., Sundberg, J., & Mürbe, D. (2015). Lower vocal tract morphologic adjustments are relevant for voice timbre in singing. PLOS ONE, 10(7), e0132241.
- Takahashi, J., Toda, N., & Takemoto, H. (2026). Vocal tract adjustments for expressing bright and dark timbres in operatic singing. Acoustical Science and Technology, 47(3), 288-291.
- Lynn, E., Narayanan, S. S., & Lammert, A. C. (2021). Dark tone quality and vocal tract shaping in soprano song production: Insights from real-time MRI. JASA Express Letters, 1(7), 075202.
- Echternach, M., Burk, F., Burdumy, M., Traser, L., & Richter, B. (2016). Morphometric differences of vocal tract articulators in different loudness conditions in singing. PLOS ONE, 11(4), e0153792.
- Pisanski, K., Mora, E. C., Pisanski, A., Reby, D., Sorokowski, P., Frackowiak, T., & Feinberg, D. R. (2016). Volitional exaggeration of body size through fundamental and formant frequency modulation in humans. Scientific Reports, 6, 34389.
- Nakayama, I., & Yanagida, M. (2008). Introduction to database of traditional Japanese singing with examples of comparative studies on formant shifts and vibrato among genres. Acoustical Science and Technology, 29(1), 58-65.
- 山本雄也, 中野倫靖, 後藤真孝, 寺澤洋子 (2023). ポピュラー音楽の模倣歌唱における歌唱テクニック分析と楽譜情報との対応付け. 情報処理学会論文誌, 64(10), 1423-1437.
- Yamamoto, Y., Nam, J., & Terasawa, H. (2022). Analysis and detection of singing techniques in repertoires of J-POP solo singers. Proceedings of the 23rd International Society for Music Information Retrieval Conference (ISMIR 2022).
- Hansen, J. H. L., Bokshi, M., & Khorram, S. (2020). Speech variability: A cross-language study on acoustic variations of speaking versus untrained singing. The Journal of the Acoustical Society of America, 148(2), 829-844.
- Bourne, T., & Garnier, M. (2012). Physiological and acoustic characteristics of the female music theatre voice. Journal of the Acoustical Society of America, 131(2), 1586-1594.
- Rossing, T. D., Sundberg, J., & Ternström, S. (1986). Acoustic comparison of voice use in solo and choir singing. Journal of the Acoustical Society of America, 79(6), 1975-1981.