のどの筋肉とは、喉頭(のどぼとけの中にある、声帯が収まっている器官)の位置を動かす筋肉と、喉頭の内側にあって声帯を動かす筋肉のことです。どれも場所と働きが分かっています。ただし「どの筋肉をどう動かせばどんな声になるか」となると、研究の間でも結果は一致していません。

喉頭を下げる筋肉と、上げる筋肉がある

喉頭の高さを変えているのは、それを下げる方向に働く筋肉と、上げる方向に働く筋肉です(Junco, Chandran, 2023)。

解剖学の教科書は、喉頭の外側にある筋肉を「飲み込むときの喉頭の位置や、声を出すときの音の高さの調節に関わるもの」として説明しています。そのうち胸骨甲状筋は甲状軟骨(のどぼとけを形づくっている軟骨)を下げる働きを持つ筋肉とされ、反対に甲状舌骨筋は、甲状軟骨を持ち上げる働きを持つ筋肉とされます。

つまり喉頭の高さに関わっているのは、一つの筋肉の強さだけではなく、反対向きに働く筋肉どうしの兼ね合いです。

のどの奥を広げる筋肉は、喉頭を持ち上げる筋肉でもある

のどの奥を広げる働きがあるとされる茎突咽頭筋は、同時に喉頭と咽頭を持ち上げる筋肉でもあります(Jain, Rathee, 2023)。

この筋肉は、側頭骨の茎状突起という細い突起から始まっています。一部の筋繊維がつくのは、甲状軟骨の後ろの縁です。教科書は、その働きを「喉頭と咽頭を持ち上げ、咽頭を広げること」と書いています。

教科書ではこの筋肉が広げる場所として、鼻の奥に続く咽頭のいちばん上の部分を挙げています。一方、声道の大きさで扱っている研究では、歌うときに広がったと報告されているのはその下の方でした(Mainka ほか, 2015)。

同じ「のどの奥が広がる」という言葉でも、教科書に筋肉の働きとして書かれている場所と、歌っている人を測ったときに実際に動いていた場所は別です。しかも茎突咽頭筋は喉頭を持ち上げる筋肉でもあり、歌うときに測られた「喉頭が下がる」とは逆の向きになります。

声帯を閉じる筋肉は3つ、開く筋肉は1つだけ

声帯を閉じる方向に働く筋肉は3つありますが、開く筋肉は後輪状披裂筋の1つだけです(Hoerter ほか, 2024)。

息をしているときは、声帯が開いて息の通り道が広がった状態です。声を出すときは左右の声帯が閉じて合わさり、その状態で震えます。

閉じる方向に働くのは甲状披裂筋・側輪状披裂筋・披裂間筋の3つで、開く方向に働くのは後輪状披裂筋だけだと教科書は書いています。声帯を張る働きを持つ輪状甲状筋は、この閉じる・開くのどちらにも入りません。

この教科書から分かるのは、それぞれの筋肉がどこにあり、縮んだときに声帯がどう動くか、というところまでです。

同じ筋肉でも、他の筋肉の状態によって結果が変わると報告されている

一つの筋肉が声に与える結果は、他の筋肉がどれだけ働いているかによっても変わると報告されています。

首の前側にある筋肉(胸骨舌骨筋と胸骨甲状筋)が縮むと、声門より下の圧力が上がり、声帯が引き伸ばされ、声の高さと強さが増す方向に働くという報告があります(Serry ほか, 2023)。喉頭を下げる筋肉が、声を高くする方向にも効くということです。

声帯を閉じる方向に働く甲状披裂筋でも、ほかの筋肉の働きによって結果が逆になると報告されています。この筋肉を働かせたときに声の高さが上がるか下がるかは、輪状甲状筋がどれだけ働いているかによって変わります。輪状甲状筋の働きが小さいときは上がる方向に、大きいときは下がる方向になるという結果です(Jiang ほか, 2024)。同じ筋肉を同じだけ働かせても、周りの状態が違えば逆の結果になります。

どちらも計算モデル(コンピューターの中に喉頭の模型を作って動きを計算する方法)による研究であって、実際に人が歌っているところを測ったものではありません。

どの筋肉が声の高さを決めるかは、研究の間でも一致していない

見かけ上は同じ首の筋肉の働きについて、声の高さがどう変わるかに矛盾する報告があると、査読を経た論文が書いています(Serry ほか, 2023)。

この論文が出発点にしているのは、首の筋肉が声の基本周波数(声帯が1秒間に震える回数、声の高さ)にどう影響するのか、その仕組みがまだよく分かっていないことです。

声区(歌の世界で使われている、声の分け方の一つ)と筋肉の対応についても、研究の間で見方が一致していません。7名を調べた研究(Kochis-Jennings ほか, 2014)は、低い方の声区では甲状披裂筋が優位、高い方の声区では輪状甲状筋が優位、という理解を検証すべき仮説として掲げました。

しかし、結果はそれを支持しませんでした。甲状披裂筋が優位だったのは300Hzより下での発声だけで、それより上では、どの声区であっても輪状甲状筋が優位か、2つの筋肉が同じくらい働いている状態だったと報告されています。著者は、声区よりも音の高さの方が、どちらが優位になるかを決めているのかもしれないと述べています。

対象は歌の訓練を受けていない人5名と、受けた人2名です。論文自身も、タイトルに「予備的結果」と記しています。なお、この研究が使っている声区の分け方は、本サイトがM1・M2で扱っている分け方とは別のものです。

同じ声の質でも、人によって体の動かし方が違っていた

同じ「暗い音色」で歌ったソプラノ4名で、4名全員に共通する変化として報告されているのはくちびるを狭めることで、それ以外は人によって違っていました(Lynn ほか, 2021)。

リアルタイムMRIで声道(のどから口までの空間)の形を撮影した研究です。音の面では4名とも同じ方向の結果が出ており、第1・第2フォルマント(声道が強めている帯域)がそろって下がりました。

ところが、そこへ至る体の使い方には大きな個人差がありました。ある人は軟口蓋とあごを下げていましたが、別の人は逆にあごを上げています。のどの奥については、4名のうち2名が狭めていました。論文は、訓練の受け方の違いか、もともとの体のつくりの違いを映しているのかもしれないと書いています。

対象は22〜30歳で、西洋クラシックの訓練を受けた人です。

体の動かし方の個人差は、声道の大きさで扱っている研究にも出ています。話すように出したときより、クラシック寄りの歌い方で喉頭が平均でおよそ8mm下がった13名のうち、1名は喉頭が下がらず、反対に平均で12mm上げていました(Mainka ほか, 2015)。12名がそう動いたから、それが正解だという話にはなりません。

だから、体の動かし方は書きません

HASSEI LOGIC が体の動かし方を「こうすればこうなる」という形で書かないのは、研究の側でも対応が一つに決まっていないからです。

筋肉の場所と働きは分かっています。それでも、一つの筋肉の働きは他の筋肉の状態によって結果を変え、同じ声の質に別のやり方が対応し、研究の間でも報告が食い違っています。ここから「この筋肉をこう動かせばこの声になる」を取り出すことはできません。

測って分かるのは、体の使い方ではなく、出てきた音の結果です。HASSEI METER の抜け(SPR)芯(PEAK)クリア(CPPS)は、いずれも録った声の成分から計算する指標で、どの筋肉がどう働いたかは分かりません。

自分の声がどう変わったかを確かめる方法は、練習の前後で普段の声を測り、その推移を見ることです。測定のルールは3つです。単発の数値で判断しない、毎回同じように声を出して推移を見る、録音の場所とマイクをそろえる。

この方針についてはこのサイトについてにも書いています。

次に読むもの

  • 声道の大きさ — どの筋肉がどう働くかは決まらなくても、のどの空間の広さは歌い方で変わると報告が一致していると知る
  • M1・M2 — 筋肉ではなく声帯の震え方で分けると、地声・裏声とどう対応するのかを知る
  • 3つの指標 — 1つの指標だけでは足りず、3つを同時に見る理由を知る

声道の大きさ

のどの奥にある喉頭の高さと、のどの広さで決まる、声が響く空間の大きさのことです。

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声の高さ

声帯が1秒間に何回震えるかで決まる、ドレミのどの音にあたるかということです。

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M1・M2

おおまかには地声がM1、裏声がM2。声帯の震え方の違いによる、2つの声の出し方の呼び名です。

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SPR

低い方の帯域と高い方の帯域の落差を表す数字です。HASSEI METER では「抜け」として扱います。

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PEAK

声の高い方の成分にできる山の鋭さを表す、HASSEI METER独自の指標です。「芯」として扱います。

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CPPS

息漏れの少なさと結びつく、声の規則正しさを表す数字です。HASSEI METER では「クリア」として扱います。

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references / 出典

  1. Junco, K., & Chandran, S. K. (2023). Anatomy, head and neck: Larynx muscles. StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing.
  2. Hoerter, J. E., Fakoya, A. O., & Chandran, S. K. (2024). Anatomy, head and neck: Laryngeal muscles. StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing.
  3. Jain, P., & Rathee, M. (2023). Anatomy, head and neck, stylopharyngeus muscles. StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing.
  4. Serry, M. A., Alzamendi, G. A., Zañartu, M., & Peterson, S. D. (2023). Modeling the influence of the extrinsic musculature on phonation. Biomechanics and Modeling in Mechanobiology, 22(4), 1365-1378.
  5. Jiang, W., Geng, B., Zheng, X., & Xue, Q. (2024). A computational study of the influence of thyroarytenoid and cricothyroid muscle interaction on vocal fold dynamics in an MRI-based human laryngeal model. Biomechanics and Modeling in Mechanobiology, 23(5), 1801-1813.
  6. Kochis-Jennings, K. A., Finnegan, E. M., Hoffman, H. T., Jaiswal, S., & Hull, D. (2014). Cricothyroid muscle and thyroarytenoid muscle dominance in vocal register control: Preliminary results. Journal of Voice, 28(5), 652.e21-652.e29.
  7. Lynn, E., Narayanan, S. S., & Lammert, A. C. (2021). Dark tone quality and vocal tract shaping in soprano song production: Insights from real-time MRI. JASA Express Letters, 1(7), 075202.
  8. Mainka, A., Poznyakovskiy, A., Platzek, I., Fleischer, M., Sundberg, J., & Mürbe, D. (2015). Lower vocal tract morphologic adjustments are relevant for voice timbre in singing. PLOS ONE, 10(7), e0132241.