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高い声を出したい人のためのガイド
声が裏返ってしまう場所は、地声で出せるいちばん高い音とは限りません。地声から裏声へ切り替わる場所は人によって違います。
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ある高さまでは自然に出ていた声が、そこから上では裏返ってしまう。あるいは、張り上げないと出せなくなり、それ以上音量を上げても音の高さは上がらない。「高い声が出ない」と感じるとき、実際に起きていることはこの2つのどちらか、あるいは両方です。
高い声が出ないのは、生まれつきの限界なのか
高い声が出なくなる場所は、体の大きさで決まっている限界ではありません。2つある声の出し方の、どちらでも声を出せる範囲の中にあります。
声の高さと体の大きさの関係を弦の振動になぞらえて計算したのが、Titze ほか(2016)の研究です。人や動物を見比べると、その生き物の声が平均してどのくらいの高さかは、声帯の長さでおおむね決まると報告されています。一方、どれだけ広い範囲の高さが出せるかを左右するのは、声帯を伸ばす筋肉の働きと、伸ばされた声帯の張りがどれだけ急に強まるかだとされています。弦を強く張るほど高い音が出るのと同じで、伸ばした分に対して張りが急に強まるほど、出せる高さの範囲が広くなるという計算です。
ただしこれは計算による予測であり、人を測って個人差を調べたものではありません。
人の声には、低い音向けのM1と高い音向けのM2という代表的な2つの出し方があります(詳しくはM1・M2)。
M1で出せる高さの上のほうと、M2で出せる高さの下のほうが、平均1オクターブほど重なっています(Roubeau ほか, 2009)。歌の訓練を受けた人も受けていない人も含む男女42名を調べた研究により明らかになりました。
重なる高さの範囲は男女でほとんど変わりません。つまりそこでは、男女ともに、同じ高さの音をM1とM2のどちらでも出せます。
裏返って出せなくなるときも、張り上げないと出せなくなるときも、「高い声が出ない」と感じる場所は、この重なりの中にあります。
なお、訓練で音域が広がるのかを扱っているのは、記事の後半です。
同じ「声が裏返る」でも、起きていることは1つとは限らない
高い声が出なくなる場所で何が起きているかは、聞こえ方だけからは分かりません。
音域が重なっているということは、同じ高さの音を、M1でもM2でも出せるということです。切り替わる場所は人によって違い、早めにM2へ切り替わる人もいれば、M1の上端(M1で出せるいちばん高い音)まで使い切ってから切り替わる人もいます。
どちらの状態も、聞いている側には「そこで声が裏返った」という同じ現象に聞こえます。裏返る場所を聞いただけでは、自分がどちらの状態にあるのかを判断できません。
逆に、切り替わっていても、聞き手には分からない場合があります。西洋クラシックの訓練を受けたテノール7名が、舞台で歌うとおりに、低い音から1オクターブ上まで移った研究では、声の変化は耳で分かるほどではありませんでした。それでも機械で測ると、切り替わりがはっきり現れました(Echternach ほか, 2017)。
この研究は、そのときの声が地声だったのか裏声だったのかまでは判定していません。また、約1秒で移る速い課題であり、実際に歌う場面より条件は不利です。
切り替わる高さも、M1の上端も、歌の訓練を受けた人と受けていない人を含む男女を測った平均が出ています。具体的な高さはM1・M2にまとめてあります。
「ミックスボイス」はM1・M2とは別の出し方なのか
ミックスボイスは、低い音向けと高い音向けの2つの出し方(M1・M2)とは別の出し方としては確認されていません。
「高い声の出し方」を調べていると、ミックスボイスという言葉によく行き当たります。歌の指導の現場で「地声と裏声の中間のような、切り替えが目立たない声」を指して使われる呼び名です。西洋のオペラやコンサートで歌うプロ歌手5名の声帯の震え方を、専門的な機械で測った研究(Castellengo ほか, 2004)によると、ミックスボイスと呼ばれる声は、M1かM2のどちらかの出し方の中で作られていました。新しい別の出し方が生まれているわけではありません。
ただし、歌手が「ミックスボイス」と呼ぶ声を測ると、地声とも裏声とも違う特徴が出ることは報告されています(Lee ほか, 2023。ポピュラー系を中心とする歌手12名)。つまり「体の中で起きていること」と「歌い方として区別できること」は、別の話です。
専門的な機械で測っても見つかっていない出し方ですから、「ミックスボイスの出し方」を調べ続けて答えが定まらないのは、調べ方が悪いからではありません。
地声のまま高く出す歌い方(ベルティング)は存在する
ただし、高い音域に入っても裏声に切り替えず、地声のまま出す歌い方(ベルティング)は実在します。
女性のミュージカル歌手6名を調べた研究(Bourne, Garnier, 2012)は、声帯の閉じ方の測定から、ベルティングを、M1とM2のどちらでも出せる高さの中でM1のほうを選んだものだと解釈しています。
もっとも、ベルティングは、地声で出せる高さを広げる方法ではありません。順番は逆で、地声でも裏声でも出せる高さがまずあり、その中で地声のほうを選んで歌うのがベルティングです。
訓練で音域は広がるのか
訓練で音域が広がるかどうかは、証拠が一貫していません。
オペラを専攻する大学院生40名を無作為に2つの群に分け、10週間の発声練習を行った研究があります。この研究では、練習した群で出せる高さと大きさの範囲が広がり、声を痛めないための心がけを教わっただけの群では変化がありませんでした(Guzman ほか, 2020)。
一方、この発声練習と同じ系統の練習法を扱った系統的レビュー(同じテーマの研究を集めて、結果を突き合わせた論文)では、結果が分かれていました。音域を測った3件のうち、広がったと報告したのは1件で、残る2件では差が見られませんでした(Angadi ほか, 2019)。
この練習法を開発したStemple(2005)は、最初にその効果を調べた1994年の研究について、音域が広がったのは高い方ではなく低い方だったと書いています。声の病気がない若い女性35名を4週間調べた研究です(Angadi ほか, 2019)。
そもそも、これらの研究はいずれも、地声(M1)の上端だけを切り分けて測ってはいません。測っているのは裏声を含めた音域全体、または声を出せる高さと大きさの範囲です。地声の上端だけを切り分けて調べた研究は、まだ見つかっていません。そのため、広がったと報告された分についても、それが地声の上端だったのかどうかは分かりません。
これらとは別の系統の研究では、地声から裏声へ切り替わる場所そのものを測っています。声楽を学ぶ女性162名と、専門的な訓練を受けていない女性67名が対象です。切り替わる場所は、習った年数の長さでも、習っているかどうかでも、ほぼ同じあたりでした(Lycke, Siupsinskiene, 2016)。ただしこの研究が測ったのは、地声から裏声へ移り変わる場所であって、地声で出せるいちばん高い音ではありません。
調べたのは女性だけです。論文自身が、男女両方を対象に、同じ人を追いかける研究が必要だと書いています。
その日の体調によって、声の限界そのものが動くこともあります。歌手16名を2つの群に分け、片方に呼吸筋のウォームアップを加えた研究では、直後に測った最高音が上がりました(Yilmaz ほか, 2025)。ウォームアップ直後に見られた一時的な変化であり、訓練で音域そのものが広がったのとは別のことです。
M1の上端そのものを引き上げる方法として、出典で支えられるものは見つからず、このサイトではそれを書きません。書けるのは、上端を動かす方法ではなく、声帯への負担が少ない声の出し方のほうです。
声帯への負担が少ない練習は、広く使われている
口や声の通り道を軽くふさぎながら発声する練習が、声帯への負担が少ない方法として広く使われています(Cielo ほか, 2013)。
声の通り道をふさぐと、のどから口までの空間の圧が上がり、その圧が声帯を左右に離す方向にはたらくため、声帯どうしがぶつかる勢いがやわらぐと説明されています。もっとも、声帯にそうした変化が実際に起きているかどうかは、声帯を直接見なければ分からず、練習しているその場で確かめることはできません。
くちびるを震わせるリップロールも、この負担の少ない練習のひとつです。
次に読むもの
- M1・M2 — 地声・裏声と、どう対応しているのかを知る
- ミックスボイス — よく聞く言葉が、実際に何を指しているのかを知る
- ベルティング — 地声のまま高い音域を歌うとき、何が起きているのかを知る
- 通る声にしたい人のためのガイド — 声の通りに関わる成分は、測れる
- 芯のある声にしたい人のためのガイド — 声に芯があるかどうかも、測れる
- リップロール — 声帯への負担が少ない練習をする
references / 出典
- Titze, I., Riede, T., & Mau, T. (2016). Predicting achievable fundamental frequency ranges in vocalization across species. PLoS Computational Biology, 12(6), e1004907.
- Roubeau, B., Henrich, N., & Castellengo, M. (2009). Laryngeal vibratory mechanisms: the notion of vocal register revisited. Journal of Voice, 23(4), 425-438.
- Echternach, M., Burk, F., Köberlein, M., Herbst, C. T., Döllinger, M., Burdumy, M., & Richter, B. (2017). Oscillatory characteristics of the vocal folds across the tenor passaggio. Journal of Voice, 31(3), 381.e5-381.e14.
- Castellengo, M., Chuberre, B., & Henrich, N. (2004). Is voix mixte, the vocal technique used to smoothe the transition across the two main laryngeal mechanisms, an independent mechanism? Proceedings of the International Symposium on Musical Acoustics (ISMA2004), Nara, Japan.
- Lee, Y., Oya, M., Kaburagi, T., Hidaka, S., & Nakagawa, T. (2023). Differences among mixed, chest, and falsetto registers: A multiparametric study. Journal of Voice, 37(2), 298.e11-298.e29.
- Bourne, T., & Garnier, M. (2012). Physiological and acoustic characteristics of the female music theatre voice. Journal of the Acoustical Society of America, 131(2), 1586-1594.
- Guzman, M., Angadi, V., Croake, D., Catalán, P., Romero, S., Acuña, X., Quezada, C., Andreatta, R., & Stemple, J. (2020). Does a systematic vocal exercise program enhance the physiologic range of voice production in classical singing graduate-level students? Journal of Speech, Language, and Hearing Research, 63(4), 1044-1052.
- Angadi, V., Croake, D., & Stemple, J. (2019). Effects of vocal function exercises: A systematic review. Journal of Voice, 33(1), 124.e13-124.e34.
- Stemple, J. C. (2005). A holistic approach to voice therapy. Seminars in Speech and Language, 26(2), 131-137.
- Lycke, H., & Siupsinskiene, N. (2016). Voice range profiles of singing students: The effects of training duration and institution. Folia Phoniatrica et Logopaedica, 68(2), 53-59.
- Yilmaz, C., Bostanci, Ö., Eken, Ö., Alkahtani, R., & Aldhahi, M. I. (2025). Maximizing phonation: impact of inspiratory muscle strengthening on vocal durations and pitch range. BMC Pulmonary Medicine, 25, 15.
- Cielo, C. A., Lima, J. P. de M., Christmann, M. K., & Brum, R. (2013). Semioccluded vocal tract exercises: literature review. Revista CEFAC, 15(6), 1679-1689.